なぜ消防士からパーソナルトレーナーになったのか②
- 村上 拓斗

- 6月4日
- 読了時間: 3分

実は消防士を辞めてパーソナルトレーナーになった理由はもう一つあります。
それは挑戦から逃げた過去があるというコンプレックスです。
■ 体格差に悩み続けた野球人生
私は小学校低学年から野球を始めました。
自分で言うのもなんですが、体は小さく細かった割にはそれなりに上手だったと思います。笑
しかし中学生になる頃には自分よりもっと速いボールを投げる選手、もっと遠くへ打球を飛ばす選手がたくさんいて、周囲との体格差がだいぶ目立つようになり、いわゆる「細くて力のない選手」という自覚が芽生えました。
当時よく言われていたのは、「とにかく食べろ」です。
もちろん必死に食べましたし、お腹を壊すほど食べさせられた記憶があります。
それでも体が変わることはありませんでした。
高校は甲子園出場を目指して私学へ進み、
朝から練習を始めて遅い日は夜10時を過ぎることもあった野球中心の生活です。
本格的なウエイトトレーニングも始まり、かなり気合入れて体づくりに取り組んでました。
しかし、結果は実らず甲子園どころか地区予選敗退で高校野球引退です。
当時の体重は60kg前後とかなり細くて、ガリガリです。
もうそういう体質なんだとトレーニングや食事に関してなにも知らずに決めつけている自分がいました。
そしてこの体格で勝負できるわけがないと挫折を味わい、上を目指すことを諦めました。
挑戦から逃げ、卒業後の進路は悩むことなく就職でした。
■ 30歳で知った現実
野球の道は諦めても好きだったので草野球は続けていました。
やるからには上手くなりたいし、勝ちたいとも思うので諦めていた体づくりをもう一度やってみることにしたのです。
そんな時に、ある野球専門のトレーナーと出会い、約1年かけてトレーニングのプログラムから食事と栄養について体づくりに必要なことを徹底的に学ばせて頂きました。
始めて知ることのオンパレードです。
そして実際に自分の身体で変わるかどうか確かめてみました。
気が付けば体重80㎏、体脂肪率15%未満のゴリゴリパワー系でかなり仕上がってました。笑
学生時代のガリガリ非力系がウソのようです。
でも、もう30歳です。
あと10年、15年早く知っていればと悔しい気持ちと挑戦から逃げた後悔が強く残りました。
■ 挑戦から逃げない
正しい知識をもって正しく取り組めば体は変えられると身をもって体感しました。
10年前に戻りたくても時間は戻りません。
これから出来ることは自分が伝えることです。
もっと早く知りたかったと思う人を減らしたい、そんな思いがあります。
そして、私には体格を理由に挑戦することを諦めた過去があります。
この劣等感はおそらく一生残ります。
ダイエットも、健康づくりも、アスリートの体づくりも全て新しい自分になるための挑戦です。
挑戦する人の背中を本気で押すには自分が挑戦してなければならないと思っています。
だから挑戦する人を本気でサポートするためにこの仕事を選びました!
釧路市パーソナルジムなら「R.Physio lab」へ!
理学療法士監修釧路市パーソナルジム R.Physio labは
ダイエット&姿勢改善特化型パーソナルジムを運営しております!!
国際トレーニング資格保有のトレーナーがマンツーマンで皆様のダイエットをサポートしていきます!!
・ダイエットが上手くいかない
・ダイエットの方法が分からない
・ダイエットが続かない
・トレーニングで身体を痛めた
・トレーニングは一人では頑張れない
という理由で痩せることを諦めないでください!
当店に来て正しく健康になるダイエットを始めましょう!!




コメント